MUSIC VIDEO
GORO NAKAGAWA
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NAOBUMI OKAMOTO
Dig-Music Gazette 14
真新しい名刺
真新しい名刺 中川五郎
原作・金素雲
曲・アメリカ民謡
2011年に始めたDig Music Gazette。4年振りの更新です。
2011年3月の東日本大震災と東京電力の原発事故をきっかけに始まったこのコラボレーション。
世界は相変わらず混沌としている。
更新第一弾は「関東大震災朝鮮人差別三部作」のうちのひとつ「真新しい名刺」。詳しくは中川五郎さんのコメントをじっくりと読んで下さい。
僕は、歌と表情をしっかりと捉えようとカメラを向け、編集した。ライブでもなく、レコーディングでもない。歌を届ける為の映像が、Dig Music Gazetteだと思っている。
この映像が想像力を拡げて新しい場所へ広がっていくことを願っています。
岡本尚文
1923年(大正12年)9月の関東大震災の後、朝鮮人たちが暴動を起こすというデマが飛び交い、そのデマに煽られて自警団の男たちが朝鮮人や中国人、あるいは朝鮮人や中国人と間違えて日本人を襲い、殺害したり傷つける事件が各地で相次いだ。そのできごとに関連して、ぼくはこれまでに長い物語歌を3曲作っている。
最初に作ったのは、1923年9月6日に千葉県の旧福田村で起こった事件のことを歌った「1923年福田村の虐殺」で、その事件は森達也さんの『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』の中に収められていた「ただこの事実を直視しよう」というエッセイを読んで初めて知り、その後様々な資料にもあたって2009年6月に歌にした。
次に作ったのは、「トーキング烏山神社の椎ノ木ブルース」で、これは加藤直樹さんの『九月、東京の路上で 1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』という本を読み、その中の9月2日の夜に東京の千歳烏山で起こった事件のことが書かれた「椎の木は誰のために」という文章をほとんどそのまま歌詞にして歌にしたものだ。
そして3曲目が「真新しい名刺」だ。これは韓国を代表する詩人、随筆家で、文筆活動を通じて日韓両国の間にある「こころの壁」をうち崩すために大きな役割を果たした金素雲さん(1907~1981)が、1954年9月に『文藝春秋』に書かれた「恩讐三十年」という連作の随筆の中の「真新しい名刺」の文章ほとんどすべてを歌詞にし、ウディ・ガスリーの「Tom Joad」のメロディに合わせて2015年夏に歌にしたものだ。金素雲さんの随筆は一人称で書かれていたが、ぼくは歌にするにあたって三人称に変えた。
これらの3曲を今のところぼくは「関東大震災朝鮮人差別三部作」として歌っている。しかし朝鮮人の土工たちが殺傷されたことを歌った「トーキング烏山神社の椎ノ木ブルース」や朝鮮人と間違われて四国の行商人たちが虐殺されたことを歌った「1923年福田村の虐殺」と「真新しい名刺」は、同じ三部作でもその内容は大きく異なっている。舞台は関東ではなく大阪だし、事件も朝鮮人が襲われたり、傷つけられたり、殺されたりしたのではなく、集団リンチされそうになった朝鮮人が一人の日本人の出現によって救われている。
ぼくが関東大震災直後のできごと、とりわけデマによって朝鮮人や中国人など異国の人たちが敵扱いされ、殺傷されたり、殺傷されそうになったできごとを歌うのは、それから94年後のこの国で、また同じようなデマが飛び交い、「朝鮮人を殺せ」と街中で大声で叫ぶ人たちが現れ、そんな浅ましい行動がみんなの力で駆逐されることもなく、ほとんどの人たちが見て見ぬ振りをして許しているからだ。そして昔と同じような事件がまたもや繰り返されようとしている。そんな状況の中、二度とそんな愚かなことを繰り返さないために、94年前に自分たちの国で何が起こったのか、自分たちの国の人たちが何をしたのか、ひとりひとりがその事実を今一度しっかりと見つめ、よく考えることがとても大切だとぼくは思っている。だからこそ今ぼくは90年以上も前にこの国で起こったことを次々に歌にして歌っているのだ。
これらの「三部作」で、ぼくは事件を詳しく歌い、激しい怒りをぶつけている。しかし激しい怒りの奥には、人間とは素晴らしいものだ、人と人は信じ合えるものだ、人と人は助け合えるものだという強い思いがあり、ぼくは怒り以上にその思いをみんなに伝えたいがためにこれらの歌を歌っている。
「何だ、ヒューマニズムか」、「けっ、性善説かよ」と見下して言う人もきっといることだろう。それでもぼくは人を信じたいし、人間ってほんとうは素敵なんだと思っている。
今こんな時代だからこそ、ぼくは「真新しい名刺」の中の金素雲青年を助けた西阪保治さんの「あたりまえ」の言葉が、とても大きな意味を、とても強い意味を持っているように思う。「日本人が」、「朝鮮人が」、「国籍が」、「血が」と大騒ぎする2017年のこの国の中で、ぼくは「人間っていったい何だろう」と繰り返し何度も考えながら、「真新しい名刺」を歌っている。
中川五郎